それはまるで呪文の様に。 飽きる事無く、囁き続ける。 それはまるで 「ああ、もう本当苛つく!あいつら、あたしを何だと思ってんのよ!」 エフミドの丘の獣道を掻き分けながら、リタは煮え切らぬ怒りを目一杯魔力に注ぎ込んだ。彼女の激憤に呼応する様に生み出された炎は膨れ上がり、荒れ狂う刃となって目の前の魔物を食らい尽くす。 瞬く間に煙と化して全てが霧散する惨劇に、隣で詠唱をしていたエステルが「リタ」と気遣わしげに名を呼んできた。だが、今のリタにはその程度の介意では何の慰めにもならない。それが分かりきっているので、ユーリも仕方ねえな、と特に咎めるでもなく好きにさせていた。彼は彼で相手にしていた魔物を平らげ、剣を回しながら周囲を確認する。 そんな気配りを背中で流しつつ、リタは憤懣やる方なく魔力を高め――既に消し炭にする相手がいない事に気付いて、渋々押さえ込んだ。それでも燃え盛る炎の如きオーラが彼女の周囲に張り巡らされている風に映るのは、恐らく錯覚では無いだろう。 リタの怒りの原因は、先程の丘の麓、魔導器を巡っての口論だった。 最近丘に設置されたという結界魔導器が見るも無残に破壊され。目を覆いたくなる程の変わり果てた姿に胸が痛んで、居ても立ってもいられなくなってリタは突き動かされるまま駆け寄った。 途中、役人に差し止められたが、「モルディオ」という破壊力のある名と帝国魔導器研究所という肩書きを提示して強引に捩じ伏せた。そこまでは、良かった。 問題は、その後だった。 研究所に属する自分には、異変のあった魔導器を調査する権利があるのに。彼らはあろう事か「上に確認を取ってからでないと」と建前でシャットアウトしようとしてきた。一刻を争うかもしれない事態にも関わらず、だ。 煙をくゆらせ悲鳴を上げる魔導器を前にして、放置しておく事など当然出来ず。だから、彼らの制止を振り払って手を伸ばしたら、今度は力で押さえつけられた。待機していた騎士達が、自分の両脇から腕を掴んで黙らせようとした。 年齢差も体格差も性別故の単純な力の差も敵わぬ現況では、成す術も無く。それでも、一縷の希望に縋って「この術式はおかしい!」と異様な事態に置かれている事を示唆して懸命に訴えたが。 役人は、たった一言。 「いくら天才魔導士の貴方でも、知らない術式の一つくらいあるでしょう」 説得する様な外面を繕いながら。目は、雄弁に物語っていた。 「子供のくせに、出しゃばるな」と。黙って大人の言う事を聞けと。物知り顔で虚仮にした。 十歳の時から研究を続け。十五の歳にして天才魔導士と謳われ、注目されてきた自分。主に偏屈で変わり者として有名な事を特に嘆いた事も無かったし、生意気とそしられても痛くも痒くも無かった。 だが。こんな時、いつもやり場の無い憤懣が泥の様に苦り、底に沈殿していく。 子供と馬鹿にするその眼差しは。自分を傷つける武器にはならないが、阻む障害には成り得るのだと。嫌になるほど実感してしまう。 悔しい。眼前で、すぐ手の届く場所で、魔導器が助けを求めているのに。それを理解しない役人達。相手にしようとせずに、口先だけで追い払う軽率さ。 きっと、自分が大人であったなら、もう少し耳を傾けようと親身になってくれるかもしれないが。今はどう背伸びをしても、自分は十五よりも上に見られる事は無いだろう。悲しいくらい、自身の外見については十二分に承知している。 しかし、いくら自身の欠点を分析しようと、それだけで腹の虫が収まるはずはなく。 「ああ、あいつら。ほんっと許せないわ。こうしている間にも、エカテリーヌは・・・・・・」 「え、エカテリーヌって誰?」 「あの子の名前に決まってんでしょ。・・・・・・修復不可能なくらい粉々にされてたから、出来る事はもう何もないけど」 カロルの疑問を一刀両断し、リタはぶつぶつと顎に手をかけて先程脳に刻んだ術式を想起する。邪魔されたせいで詳細を読み取る事は出来なかったが、恐らく無茶な使用のされ方をしていたのだろう。バカドラが破壊しなくとも、いずれは異常を来して破滅の運命を辿っていたかもしれない。 それでも。救ってあげたかったわね、と。少しだけ眉根を寄せてリタが顎に手をかけていると。 「フレンは魔導器壊れたの、知らねえんだろうな」 ぽつりと。先行くユーリが零した名前に、リタは何故か過敏に反応してしまった。「は?」と反射的に聞き返してから、口を噤む。何となく、自分の中で気まずい。すぐさま話に乗った事が。 「いや、あいつだったら放っとかないだろ。ここにいないって事は、あいつが通った後にぶっ壊されたんだろうって思っただけだ」 「そうですね。フレンなら、何か手を打ってくれそうです」 「生真面目だからな」 ユーリとエステルの頷き合いに、リタはふん、と鼻を鳴らして目を逸らす。今の会話で、曖昧な輪郭しか思い起こせなかった人物像が鮮明になってしまった。 アスピオで協力を要請してきたあの青臭い騎士が、確かフレンという名だったか。 ハルルの結界魔導器の修繕を申請しに、自分の小屋にわざわざ訪ねに来たのを一応覚えている。珍しく記憶に留まっているのは、通常の騎士とは少しだけ異なる空気の持ち主だったからだ。 こんこんと控え目にノックされて、一息吐くために本の中に埋もれようとしたのを邪魔されたのがそもそも全ての始まりだった。無視してそのまま寝入れば良かったのに、立腹しながら、それでも乱暴に扉を開けてしまったのが運のツキだった。 文句の一つでもぶつけてやろうと、親切にも門前払いすることも無く、凄みながら顔を上げると。 一瞬、太陽が入り込んで来たんじゃないかと疑った。 書物の保全状態を考慮し、万年仄かな明かりだけを灯した薄暗い世界を急激に照らし出す様な輝きに、リタは思わず目を細めた。寝不足で目が疲れていたというのもあったが、それ以上に「眩しい」と錯覚を引き起こしてしまったのだ。 「何よ」と悪態を吐こうとするのも、忘れてしまうほどに。凛と音が鳴りそうな程の閃きは、鮮烈に自分の瞳に焼き付いた。 「お休みのところ、失礼します」 落ち着いたなだらかな声が耳に滑り込んできて、リタは意識を引っ張り戻した。光輝に満ちていたはずの視界は、しかし最初から異変も何も匂わせずに、夜陰を思わせる街並みを静かに映すのみで。幻でも広がっていたのかと、面白くない冗談を考えてしまった。 凍り付いた思考をそのままに視線を巡らせると、すぐ目の前には騎士の鎧を纏った一人の青年が佇んでいた。 澄み切った青空を思い出さずにはいられない瞳に、冴え渡る金色の髪、そしていかにも女性が好みそうな整った顔立ち。目が眩まんばかりの光源は、その人物の髪の色だったのだと、種を暴いて肩透かしを食らった。実際仕掛けなんて、拍子抜けするほど簡単なものが多いのを今更ながらに想起する。 カラクリを解いて安心して。そこで初めて、扉を開けた格好のままで呆けていたのだと認め。己の失態を悟り、憮然として剣呑な目つきになった。完全に八つ当たりだったのは自覚していたが、元凶は眼前の人物なので、責任転嫁ではないはずだ。 初対面にしては無礼に等しい反応に、だが相手は意に介した風でもなく。真っ直ぐに険しく吊り上がる自分の双眸を見つめて、挨拶と共に進み出てきた。 「私は騎士団に所属するフレン・シーフォと申します。貴方が、リタ・モルディオ殿ですか?」 馬鹿丁寧な対応で確認され、リタは思わずぐっと言葉に詰まった。しかしすぐに持ち直し、「そうだけど」と素っ気無く簡素に返答する。さっさと退去して欲しいという意図をふんだんに詰め込んで。これで怒りを露にして踵を返してくれれば、御の字だ。 今までの経験から、この人物も早々に自分に見切りを付けるだろう。その他大勢の騎士共と同様に。そう決め付けて、リタはふあっと欠伸を漏らして背を向けようとした。 ―――が。 「私は今巡礼として各地を旅している途中なのですが。折り入って、モルディオ殿にご相談したい事があって伺いました」 明らかに煙たがっている自分の所作に、それでもリタの予想に反して相手の態度は崩れず。「良かった」と、声にせずに人違いでない事を喜んで話を進めてきた。心なしか表情まで柔らかくなったので、リタは珍獣に遭遇した様な目付きで凝視してしまった。 冷たくされても笑うなんて、何処か故障しているんじゃないかと勘繰りたくなっても、誰も反論はしないだろう。それだけ、珍妙な光景だった。 そんなリタの思惑を余所に、フレンと名乗った騎士は本当に何処までも呆れてしまう程に懇切に説明をしてくれた。 ハルルが魔物に襲撃を受けたこと。そのせいで樹が枯れ始め、結界魔導器が故障してしまっていること。今のままではハルルは滅びてしまうかもしれないということ。 だから、アスピオの魔導士に調査を要請している。自分と一緒にハルルに赴いてもらえないか。 要約すれば、そういう事だった。同行して欲しいと頼まれた。 それを、断った。 今の自分には別に研究しているテーマがあり、解かなければならない公式がある。結界魔導器に興味が引かれなかったわけではないが、研究を放ってまで赴く魅力は感じられなかった。 今は忙しい、手が離せないと。半分本音、半分体の良い厄介払いの紋切型の辞退を提示すると。 「分かりました。では、もし手が空く事がありましたら、いつでもお知らせ下さい。私はこれから盗賊討伐のため遺跡に向かいますが、部下を数人残していきます。私の名を出せば、すぐ察してくれるはずです」 残念そうな色を瞳に走らせたのも一瞬。騎士はすぐに変わらぬ紳士的な態度で応対し。 最後に、一礼しながら一言。 「どうか、お体の方も大切になさって下さい。では」 にっこりと微笑んで。別離の間際に「騎士」ではない顔を少しだけ覗かせて、立ち去っていった。風の様に、颯爽と。――実際は、ただ普通に歩いて去って行っただけなのだが、当事者であるリタにはあっという間の出来事だった。 魂胆が見え見えで生意気と取れる断り方に、腹を立てるでもなく。あくまで相手方の意思を酌んで礼儀正しい姿勢を崩さなかった彼。 だが、最後に。律儀でありながらも一瞬だけ、騎士としてではなく。一個人として言葉を掛けていった。極自然に、心を残していった。 あれは、子供に対する忠告だったのか。それともリタ本人に対する労りだったのか。あの時は判然としなかったが、ユーリやエステルの在り方を知り、彼らが話す人柄から鑑みれば一目瞭然だ。 加えて、お節介な面がある様だから、口に出さずにはいられなかったのだろう。恐らく、扉を開けた自分は寝起き丸出しであったはずだ。睡眠もあまり取っていなかったし、疲労も全身に滲み出ていたかもしれない。 かなり風変わりな印象を受けた。だからこそ、覚えていた。それだけだ。他意は、無い。 誠実で生真面目で実直で少々融通の利かなさそうな青臭い騎士。 通常、訪問してくる騎士や役人は、まず自分の姿を一目して大小はあれど瞠目する。「噂の天才魔導士」が、こんな子供だとはと、取り繕う傍ら驚きと侮りを隠し切れずに放出してくる。そして、自分が興味なさげに一蹴すれば、「子供のくせに」と笑顔の仮面を取り付けながら、裏から刺す様に毒づいてくる。 なのに。あの騎士は自分を目にしても顔色一つ変えはしなかった。 「こんな子供が」と嘲笑するでもなく、「子供のくせに生意気な」と非難を乗せるでもなく。一貫して「リタ・モルディオ」本人として見てくれていた。対等な人物と認識して、同じ位置に立ってくれた。しかも、自分を案じる様な発言まで残して。 何から何までが初めての経験で、揺さぶられる程の衝撃でしばらく頭は紙切れの様に真っ白になった。 それが、何となく引っ掛かって。煩わしくて。気恥ずかしくて。いつもなら誰が誰など気にも留めないし、記憶からも疾うに抹消してしまっているはずなのに、その真面目な曲者は厄介にも片隅に住み着いた。 結局あれから、自分は冤罪を証明するためにユーリ達と一緒に行動を共にして、会えずじまいだったが。彼は、それをどう解釈しただろう。また、刹那的に瞳に宿らせたのだろうか、あの残念そうな光を。 それよりも。 もし、丘に滞在していた騎士があの青臭い騎士だったなら。もしかしたら、きちんと自分の言い分を聞いてくれたかもしれない。 そこまで考えて、リタは馬鹿らしいと首を振って妄想を散らした。「もしも」はあくまで「もしも」でしかなく。事実は、あそこに彼はいなかった。それが現実だ。 でも。 もし、彼があそこにいてくれたなら。あの結界魔導器について詳しく調査が叶ったかもしれない。 あんな風に。「知らない術式くらいありますよ」と侮蔑して一笑するでもなく、頭ごなしに否定するでもなく。自分の訴えに耳を傾けてくれたかもしれない。 今度は。あの瞳が、嬉しそうに細められたかもしれない。落胆した様に、翳ることなく。 「・・・・・・って。あー、もう!何でそんな事いちいち考えなきゃなんないのよ!」 静かに黙り込んだかと思えば、いきなり意味不明な絶叫を上げ始めるリタに、後ろにいたカロルが可哀相なくらいに飛び上がった。さしものユーリも「うおっ」と驚いた様に振り返る。 「どうした、リタ。まーだ魔導器のことでも考えてたか?」 「そうよ!元はと言えば、あんたのせいよ!こんなに、何で、あたしが!色々思い出さなきゃならないのよ!」 「はあ?何だそりゃ」 「はあ?じゃないわ!あんた、ちゃんと自覚してんの!?」 「いや、自覚も何も。話が見えて来ねえんだけど」 全く身に覚えの無い――というより何を責められているのかも不明なリタの詰難に、ユーリは腰に手を当てて肩を竦めた。エステルもどうフォローすれば良いのか判断が付かず、ユーリとリタの間を忙しなく視線を行き来させるのみだ。 そんな周囲の困却した雰囲気には露ほども気付かず。リタは、はあっと盛大に息を吐き。少し前の過去を振り切る様にずんずんと大股で歩き出した。そうでもしないと、また苛立ちが爆発しそうだ。先程とは、別の意味で。 最初は丘の麓での無礼過ぎる出来事に激昂していたのに、いつの間にかあの騎士について憤慨する事になるとは。ここにはいないくせして自分の感情をコントロールするなんて、随分と器用な人間だ。良い根性をしている。さすがは、あのユーリの親友だけあるというものだ。 今度会ったら、一発ぶん殴ってやろうかしら。 不穏な抱負を掲げて満足した矢先。次にはまた、あの眩いまでの、けれど春の陽気を連想させる程に穏やかに差し込んでくる微笑みと言葉を思い出し。またもリタは頭を抱えて地団駄を踏み、仲間達に心配そうに見守られる羽目に陥るのだった。 自身を捕らえて放さぬ笑顔。抵抗する間も無く滑り込んでくる声。 それはまるで呪文の様に。飽く事無く囁き、胸を叩く。 ほとんど誰が誰かを認識していない中、フレンの事は覚えていたので、そんなリタに願いをこめつつ。 フレンの口調は迷いましたが、この時点では彼女には敬語に。有名人ですし役人も敬語だったので。 【2008/11/17】 |
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