民謡になぞらえ。 聖なる夜に、感謝を。 聖夜の奇跡 聖なる夜には、トナカイに乗って赤い服を着たおじいさんがやって来る。 子供達が完全に寝静まった頃に、大きな白い袋を背負ってやって来る。 良い子にしていたならご褒美として、一年に一度、聖夜にプレゼントを置いていってくれる魔法使い。 それは、民謡に登場するサンタクロース。 しゃんしゃんと、鈴の音鳴らしてやって来る。 「ユーリ!!!」 凛とした白い響きを纏わせる、冬真っ盛りの空気が一面に広がる。清冽で、それでいてこの季節にしか体験出来ない清らかな世界へと、ユーリは一歩踏み出した。 さくりと、地面から上がった真っ白な足音。心地良い冷たい感触が足の裏から伝ってきた事に。「寒っ」と実に単純な感想を漏らした矢先、遠くから大声で名前を叫ばれた。はあっと吐いた息は地面に積もった色と同じく白くて、少々億劫になりながらも顔を上げる。駆けて来た声は明るくて暖かかったから、求めてしまったのかもしれない。声という名の日差しを。 視線を向けた先には、金色に輝く髪を風に揺らしながら子供が坂を駆け下りてくる所だった。年齢は、五、六歳といった所だろう。子供特有の活気に満ちた雰囲気は、見ているこちらまで微笑ましくなる。 ぶんぶんと手を振りながら満面の笑みで走ってくる子供は、ユーリがよく知る親友で。凍て付いた空気を物ともせずに元気溌剌と暖めてしまう彼――フレンに、ユーリは自然と笑みを浮かべてしまった。本当に太陽みたいな存在だと感懐を抱く。 上の市民街に繋がる坂をフレンは一気に危なげなく――とは程遠い急角度で駆け下りてきて。ユーリがちょっと心配になって「危ないぞ」と注意をする前に、ばふん、と真白な大地に顔から突っ込んだ。すぐに勢い良く跳ね起きたが、立ち上がると同時に雪と氷に足を取られて、再びばふん、と良い音を鳴らして坂の麓に倒れ込んだ。今度も間を置かずに身体を起こしたが、流石に二度は痛かったのか、鼻を押さえて蹲る。 親友の究極のドジっぷりを一部始終見納めてしまったユーリは、苦笑を漏らしつつ立ち上がる事の出来ない彼の元へと歩み寄った。しゃがみ込んで、雪塗れになった髪や肩をぱんぱんと軽く払ってやる。その際、ちらちらと白い結晶が金の髪に混じって煌く様が、目を射る程に綺麗な光景で。まるで至高の一枚絵を目の当たりにした感動を覚えて、ユーリは「何をやっても様になる奴だな」と秘かに感心してしまった。 それはともかく、座り込んだ場所は冷たいを通り越して寒い。二度も雪に突っ込んで絶賛寒冷真っ只中なフレンには拍手喝采を送ってやりたいと、ユーリは本気で考えた。 「お前、坂はもうアイスバーンなんだから気をつけろよ。氷の上に雪が積もった坂なんて駆け下りたら、最っ高のえじきになんだろうが」 「わかってはいたんだけど。ユーリ見たら、いても立ってもいられなくなって。そう、ユーリ、ユーリ、聞いて聞いて」 「ああ、わかったわかった。わかったから、とりあえず落ち着け」 興奮して手を掴んでくるフレンに、ユーリは仕方ねえなあと笑いながら空いた方の手で残りの雪を払ってやった。ここまで幸せそうににこにこ笑みを咲かせてこられると、ユーリでなくても絆される。 自分の身を全く顧みずに話してくるということは、すぐにでも自分に聞かせたい話題なのだろう。子供の様に――実際子供なのだが――笑うフレンの口から一体何が飛び出して来るのかと、ユーリも少しだけ期待に胸が弾んだ。 が。 「ユーリ、サンタクロースって知ってる?」 ―――ああ、なるほど。 フレンの喜びに滲んだ言葉に、ユーリはしかし反比例して冷静さが頭に満ちていく。逆に、ここまで嬉しそうに語るフレンに罪悪感さえ向けてしまった。 サンタクロースは、大人が子供に教えるイベントの一つ。夢を与える幸せの象徴。 トナカイに乗ったおじいさんが赤い服を着て、白い大きな袋を背負って聖なる夜に煙突から子供の所へとやって来る。煙突が無ければ窓から。良い子にしていた子供に、ご褒美としてこっそりとプレゼントを置いて笑顔を授ける。 誰も顔を知らない。不思議な存在。 だが、ユーリはもう既に知っていた。サンタクロースは実在しないと。 フレンと出会う前。三歳くらいの時だったか。自分もサンタクロースの話を聞いて、喜び勇んでハンクスに話したのだ。 そして、肝心の聖夜。興奮してなかなか眠れなくて。わくわくしながら寝たフリをしてベッドの中に入っていたら。こっそりとハンクスがプレゼントを置いていくのを目にしてしまった。 その瞬間、夢は脆くも崩れ去って。けれど、ハンクスから贈られたプレゼント――何より心はとても嬉しくて。 サンタクロースという夢は失ってしまったけれど、それ自体は特にユーリは悲しくなかった。その代わりに、掛け替えの無い愛情を知ったから。 でも、ここでフレンに真実を教える事は果たして正しいのか。ユーリには判断が困難だった。ここで水を差したら、フレンは明らかに気分を害するかもしれない。表情は悲しみに歪むかもしれない。 けれど、嘘を吐く事はユーリとしても望む事ではなくて。 どうしようかと葛藤している間にも、フレンの歓喜に満ちた語りは続いていく。 「去年は来なかったけれど、それは前日にユーリと二人でハンクスさんの料理をつまみ食いしちゃったりしたからだし。今年はそういう事しないようにしなきゃね」 「・・・・・・ああ?あれだけで良い子じゃなくなるって、サンタも心せまいな」 「せまいんじゃなくて、僕達が悪かったんだよ」 「ああ、ああ。わかったよ。・・・・・・じゃあ、今年はなるべく聖夜までは良い子にしてるか。いつでも良い子だけどな、オレは」 「約束だよ?」 ん、と小指を出して指きりまで求められ。ユーリは結局黙秘を選択した。小指を絡めて「指切った」とお決まりの文句と共に約束を交わす。 だが、問題はここからだ。ハンクスに相談して、プレゼントを算段しなければと計画を組み立てる。フレンも気配には聡いから、恐らく今年ですぐにサンタクロースの正体は明かされるだろう。そして、自分と同じ結論に辿り着くだろう事も予測出来た。 でも、せっかくだからと。ユーリは眼前で喜びを振り撒くフレンを目にして、しばし黙考した。ここまで幸せに染まる彼に、何かをしてあげたいという欲求がむくむくと膨れ上がってくる。それに、こういった機会でもなければなかなか素直に日頃の感謝を示す事も出来ないから、丁度良いのではないかとも考えた。 ふと、目に留まったのは彼の指先。雪の中で盛大にすっ転んだという理由を抜きにしても、彼の白い指先は赤くかじかんでいて。かなり寒そうで微かに眉を顰めた。ただでさえ下町では満足に暖を取る方法があるわけではないのにと、思考を展開させて。 ―――ああ、手袋ってのも良いかもな。 手袋自体を購入する金は無いが、毛糸を買うくらいなら捻出出来るかもしれない。お駄賃はハンクスの手伝いをして稼ぐのも良い。手袋を編む作業は自分で考えても笑えるものがあるが、まあこの際目を瞑る事にする。宿の女将さんなら編み方も伝授してもらえるかもしれない。 方針が決定して、完璧な企画に大いに頷く。当日に目を丸くする親友の姿を想像して、こっそりとユーリは忍び笑った。 その後、当人に「ユーリ、顔が変」とにやけた表情に酷評を下されて口論に発展したのは、余談である。 それからは、予想以上に苦難の日々の連続だった。 まず、ハンクスと女将には堅く口止めをする事から始まった。それは、まだそこまで問題ではない。彼らはこちらの意図を多分に汲み取ってくれるからだ。にやにやとからかう様な笑みを口の端と言わず表情全体に浮かべてくれたのは、心が広いので受け取っておいた。 計画を練った日から、口止め料も兼ねてハンクスの手伝いを素直に行っている所を目撃されてフレンに驚かれるし――「ユーリ、そんなにサンタさんが楽しみなの?」と聞かれた時には本当に参った――、何よりフレンに気付かれずに編み物を実行するというのが難関だった。何せ、今までずっと四六時中行動を共にしていたのだ。事あるごとに「喧嘩でもしたのか?」と下町の住人達に揶揄され、その度に否定するのも面倒だった。 やがて疲れたので、最後はだんまりを押し通す事にしたのだが。そうすると今度は気にかけてくる雰囲気が漂ってきたので、結局「違う」と言って回る羽目に陥ったりして気苦労が絶えなかった。 まあ、フレン自身も女将の所の手伝いをしたりと駆け回っている様だったから、フレンを撒く事自体は苦戦はしなかったのだが。下町の人達のお節介でバレやしないかという憂慮は常に付き纏った。 しかし、平素以上に率先してお手伝いをしに回ってまでサンタに会うのを楽しみにしているフレンを見ていると、やはり本当の事を言うべきなのかと迷いが生じる事が多々あった。自分がしているのは、裏切りではないのかと気付けば沈んでしまう事もあって。それを見越して、ハンクスが「心配いらん」「伝わる」と励ましてくれるのが身に染みた。 それに、せっかく楽しい悪戯事を開始したのだ。最後までやり通すのが筋だろう。そう発奮して、迷いを毎日振り払いながらユーリは手袋をせっせと編み込んだ。複雑怪奇な部分も多々あったが、女将の指導もあって何とか順調に事は進み。 そして―――。 「・・・・・・できた!」 完成を確信して。思わず声を上げてから、きょろきょろと辺りを見渡してしまった。今、自分達の部屋にはユーリ以外誰も居はしない。それでも確認してしまうのは、万が一にもフレンに発覚されたくなかったからだ。せめて、今夜までは。 扉越しにも人の気配がしないのを認めてから、ユーリは改めて手袋に視線を落とした。編み上がった手袋を様々な角度から眺めやり、ユーリはにんまりと口を緩ませて顎に手をやる。 「・・・・・・自分でなんだけど、なかなかのデキじゃねえの?ちょっと心配だったけど」 少しいびつな形をしてしまっているが、水色の毛糸は立派に手袋の形に仕上がっていた。試しに自分で嵌めてみたが、サイズはピッタリで益々ユーリの顔に会心の笑みが広がっていく。もこもことした手触りも、気持ちが良い。 色は散々悩んだが、薄めの水色を選んでみた。光加減によっては白にも映る。空色の瞳に太陽の様な金の髪をしたフレンには、よく合うだろう。 後は、夜寝静まった頃に、フレンの枕元にこっそり置けば完了だ。まあ、枕元と言っても、自分達は一つのベッドで眠っているので、自分の枕元でもあるわけだが。 自分の分は、「悪い子だったからだろ」と適当に理由を付けておけばいいだろう。もしかしたら、ハンクスが何か対策を練ってくれるかもしれないし。 「・・・・・・喜んでくれっと良いけどな」 自分が編んだものだと知ったら、――初めからサンタの秘密を隠していたのだとバレたら、どんな反応をしてくるのか。それだけが気がかりだったが、その時はその時だと腹を括る。 丁寧にラッピングをして、ユーリはプレゼントを引っ繰り返して包み方の完成度を確かめる。本当に簡素な包みで、リボンも質素ではあったが、これがユーリの精一杯だ。それでも、フレンはそんな些細な要素は気にはしないだろう。喜んでくれる。何であったとしても。 自分がいつも寝るサイドの枕の下に、包みを隠して。寝る時、リボンを潰して崩さない様に注意しなきゃなと、二人で作った枕の長さに感謝しながらユーリは期待と不安を綯い交ぜにして夜を待ち望んだ。 明かりを消して。少し緊張した面持ちでフレンが床に就くのを、ユーリは苦笑しながら押しやった。「来るっての。そんな心配すんなよ」と宥めながら一緒にシーツに包まって、向かい合わせになりながら目を瞑った。 ユーリとしては、胸の昂ぶりは最高潮で寝る所では無かったのだが、フレンが夢に旅立ってくれない事には何も始まらない。シーツを伝って自分の胸の高鳴りを気取られなければ良いと、必死に平静を装った。この間、「おやすみ、ユーリ」とぎこちないながらも幸せそうに眠りに沈むフレンの表情に少しだけ気分が浮上し、また下降していく。 ここまで期待してるんだなと思うと、やはり申し訳なくて。けれど、喜んで欲しくて。どんどんと不安が膨張していき、胸を圧迫していく。 ―――本当に、このままあのプレゼントを置いて良いのか。 散々繰り返されてきた自問自答が、寄りによってこの場面で再生された。一度甦れば、堰を切ったように不安が溢れ出して来る。感激してくれればと準備を進めていたが、もし悲しそうにされたら。 今になって、色んな結末が頭を猛スピードで駆け抜けていき、ユーリの身体を凍り付かせる。そろそろフレンも本格的に眠りに落ちてくれて絶好のチャンスなのに、命令を拒んで指一本さえ微動だにしない。 どうしようかと。暗い染みが点々と心の中に渡っていくのと懸命に格闘していると。 ごそりと、横でシーツが動いた。 あまりに心臓に悪い不意打ちに、ユーリは咄嗟に目を閉じてしまった。何となく、彼の顔を見られなくてそのまま寝てしまうかとも一瞬考え込んだほどだ。 ばくばくと早鐘を打つ心臓を根限りに押さえ込み、ユーリが全力で寝たフリを行使していると。更に、もぞりと隣で動く気配がした。合わせてシーツも盛り上がり、隙間から入ってくる冷気に身体を震わせそうになる。 まずい。起こしたかと、ユーリが内心で盛大に冷や汗を掻いていると、すぐ近くに顔を寄せてくるのを感じ取った。じーっと凝視されているのが瞼越しならぬ全身越しに伝わってきて、見破られないかと冷や冷やする。どうしてここまで寝たフリをしているのか疑問に思い始めるくらいに。 いっそ種明かしをしてしまおうかと。ユーリが半ば自棄になって思案し始めると。 ごそごそと、静かに枕を持ち上げられるのを知覚した。寄りにもよって、自分のプレゼントが隠されている枕に手を触れられた。いよいよ「まずい」とユーリは焦り始めたが、すぐに枕は元に戻された。安堵したのもつかの間、フレンの行動に不可解を覚えてユーリは今度は別の意味で冷や汗を掻き始める。 一体、フレンは何を。 その疑問が頭を埋め尽くす前に。彼の気配が、自分の上まで移動して。 「・・・・・・いつもありがとう、ユーリ」 「―――――――――――――」 小さく耳元で囁かれて、ユーリは刹那的に息を止めた。心拍も停止したんじゃないかと冗談抜きに抱懐した。反射的に目を開けてしまわなかったのが奇跡であるほどに。 次いで、自分サイドの枕元にかさりと、紙とシーツが擦れる音が上がる。それで、全てを把握してしまった。 フレンは、最初からサンタクロースが実在しない事を知っていたのだ。そして、ユーリがサンタクロースの実態を把捉している事も、また分かっていた。 分かっていながら、持ち出したのだ。自分に敢えて反論をさせないタイミングを読みながら、話を畳み掛けて。直接感謝を渡す照れ隠しを兼ねた、彼なりの作戦だったのだろう。サンタクロースは、カモフラージュだったのだ。 そして、今回のイベントを実行した。きっと、翌朝にビックリさせるつもりだったに違いない。 だとすれば、ハンクスや女将は共犯者だということになる。ある意味、ユーリ、フレン両サイドの。きっと全てを承知していたからこそ、二人共見守っていたに違いない。互いが互いへサプライズを用意しているのを、懸命に後押しして。自分達が驚く顔を通して、自分達の気持ちを護ろうとしてくれた。 ぐるぐると真実を脳裏で反芻している内に、フレンの悪戯は完了したらしい。ゆっくりとシーツの中に潜っていくのを察して、ユーリは衝動的に笑いたくなった。きっと彼は今、満足そうに微笑を浮かべているに違いない。 ―――そうはさせるかってな。 こっちはこれだけ驚かされて、やり込められて。そのまま終わるなんて、性に合わない。 それに。感謝しているのは、こっちだって同じなのだ。彼だけが一方的に伝えるなんて、許しはしない。 むくりと、徐に起き上がって枕元に手を差し入れる。横でぴくりと瞼を振るわせたフレンに、ひっそりと「してやったり」とユーリは笑いを噛み殺した。 そのまま。先程、彼がしたのと同じ様に、ユーリは彼の耳元に顔を寄せて。 「いつもありがとな、フレン」 同じ言葉を囁いて、彼の枕元にプレゼントを置く。驚愕に揺れるのを拾い上げて、ユーリはにまにまと笑みを零しながらシーツに潜った。 そうして、彼の手を握って目を閉じる。 多分――いや、きっと。お互いに同じことで悩み、同じことで挫けそうになり、それでも同じことを伝えたかった彼の手を、誰よりも大切な心を、抱き締めるために。握り締めた。 戸惑った様に指先が反応してから、次には同じ強さで手を握られて。親友の温もりが手の平から贈られてきて。ユーリは何だか嬉しくなった。彼も同じ気持ちだったんだなと想定すると、可笑しくなる。きっと、今彼も同じ事を考えているだろう。 満ち足りた気分で押し寄せてくる暖かな睡魔に身を委ね、ユーリは幸せな眠りに落ちていった。 きっと、今夜は良い夢が見られる。そう、確信しながら。 次の日。フレンの水色の手袋と。ユーリの紺色の手袋を、片方ずつ交換してにっこりと顔を突き合わせるのは、また別のお話。 君に出会えた奇跡と。 それを素直に伝える機会を与えてくれた聖夜に、抱えきれない程の感謝を。 唐突にクリスマスネタが思いついたので、書いてみました。二人が手袋していたら可愛いなあというただそれだけの単純な発想。二人は器用だから、きっと編めます(誤魔化し)。 初めてシリアスじゃない二人を書いた気が。秘かに達成感(笑)。 【2008/12/19】 |
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