迫りくる寒冷な足音。
 支配されるよりは、溶かすほどの甘い繋がりを。



刻み、重ねる



 いつからそこに座り込んでいたかなんて覚えてはいない。
 当時フレンは四歳になるかならないか位だったから、記憶が曖昧でも不思議ではない――というのは、己の心を護る言い訳にしか過ぎなかったかもしれないが。
 ただ、気付けば自分は下町の噴水の前で膝を抱えて、景色に溶け込む様に微動だにしなかった。――とは、後の親友の弁ではあるが。指摘されるまでもなく身動き一つしていなかったから、その表現は正しかっただろう。
 その日は、雨が降っていた。微かに翳った空から、ぱらぱらと大地を潤す――などという可愛らしい描写ではなく、肌を刺すほどに勢い良く槍の様に打ち付ける、厳しい天候だった。用事が無ければ外にも出たくないと言わんばかりに、人の姿形も見当たらなかったのをぼんやりと脳裏に記してある。
 このままでは風邪を引いて肺炎を起こすだろう芯から底冷えする中で、自分はひたすら地面に視線を縫い止めて、彫像の様に鎮座していた。既に感覚も麻痺していたから寒いと震える事も無かったし、呼吸さえ無ければ本当に置物と称しても差し支えなかったかもしれない。全く生気の欠片も見当たらない、誰もが遠ざけたくなる様な不吉な置物。

 雨の檻に囲まれ、視界も明朗でない中。無情なる格子の向こうで、女性らしき幻影が泣いている。
 「ごめんね」と。繰り返し繰り返し、贖ってくる。

 もう随分と前に自分を置き去りにして姿を消した女性。
 自分は何と返せたのか。それとも、反応の片鱗さえ見せなかったのか。それすら判然としなくて。
 彼女の背を向こう側に見送って。自分は、淋しかったのか。悲しかったのか。辛かったのか。怒ったのか。
 「無」となってしまった自分には、どうでも良い事だった。僅か三の歳にして世捨て人と化した自分には、無用な考察でしかない。
 ―――ああ、眠いな。
 髪の毛先まで冷え切った身体は、死の淵へと手をこまねき、甘い誘惑をかけてくる。幼い自分は「死」という概念もその先の未来が遮断される残虐性も関知してはいなかったが、このまま瞼を閉じればもう二度と開かなくても良いのかもしれないという予感だけは掠め取っていた。
 自分がこのまま眠りに就いても、恐らく誰にも看取られる事は無い。看取ってくれる者はいない。

 見つけてくれる人は、いない。それが、きっと世の理。

 だから。
 もう、眠ろう。
 独断で決行するため、くすんだ瞳を緩々と瞼の奥に閉じ込めようとした、その時。

―――かぜ、ひくぞ」

 轟く雨音に負けずに凛と響いた道標。思わず顔を上げて、再び瞳を生に向けてしまう程の吸引力。
 綺麗な夜空と磨き抜かれた紫紺の宝石を携えた子供。真っ暗な世界の底に降り立つ一番星。
 自分と同じくらいの大きさの手を、目の前に差し出され。考えるよりも先に、凍えて錆びきった手が伸びていって。
 瞬間。
 しっかりと、握り込まれた。離すまいと、想いを流し込む様に。


 それが。後に親友となる、ユーリ・ローウェルとの出会いだった。





「じいさん、ココアの材料あるか?」
 ぱたぱたと階下から軽快に駆け下りてきたかと思えば、開口一番におねだりをされ。コーヒーを片手に朝の優雅なひとときを楽しんでいたハンクスは、呆れ顔で椅子から立ち上がった。その際、古びた床がぎしりと鳴った事実に「わし、太ったかのう」と空々しい推測を挙げてみる。
 10に届いたばかりの腕白盛りのユーリは、その瞳に悪戯っぽい光を宿らせてハンクスを見上げてきた。何を企んでいるかは、それこそ赤子の頃から面倒を見てきた彼には十分過ぎるほどに確信を持てて、仕方無しにカウンターの背後にある戸棚を開く。
「朝っぱらからよく甘ったるいものが入るのう。朝食は?」
「ココアは立派な食事だろ?」
「そう言うのはお前さんくらいだわい。サンドウィッチくらい持っていけ」
「いらね。今日はフレンも食べないだろ」
 ココアの粉末とミルクを受け取りながら、ユーリはひらひらと軽く手を振った。その一言に「そういえばそうだのう」と、顎をさすりながら窓の外を見やる。
 律動的に窓を叩く水音。視界を遮る様に曇り切った空気は、下手をすると見ているこちらの気分までもが落下の一途を辿っていきそうだ。昨日までの晴れ渡る蒼空が嘘の様な豹変ぶりを、空は予告無く見せてくれる。秋口に差し掛かったばかりだというのにやたらと冷え込んで、ぶるりと一つ肩を抱いて身を震わせた。
 今日は外出はなるべく控えるかと、ハンクスは予定を組み替えながら、器用に作業をするユーリを一瞥した。

「様子はどうかの?」
「さあなぁ。表向きは普通だけど、一歩も動かねえんだよ」
「それは表向きでも普通とは言わん」
「出会った時のあの人形みたいな顔でないだけ、マシだろ。挨拶したら返事もするし」
「おはようユーリ、とな?」
「おやすみユーリ、だったな」

 それは返事ではない。
 思わず盛大にツッコミを投げつけて、ハンクスは一つ溜息を吐いた。どうやら本日は、過去を刺激する悪運が発揮された日らしい。
「というわけで、今日はお手伝いはお休みーってな」
「お前さんは元気ぴんぴんじゃろ、どう見ても」
「オレは友の看病に手一杯だからな。ほら、見事に両手が塞がってるだろ?」
「口の減らん奴め」
 わざとらしくマグカップを二つ持ち上げてみせるユーリに、ハンクスは更に溜息を吐き出した。緊急を要するわけでもないし、酒場は一人で切り盛りするかと慈悲深く判断を下す。雨の日こそ繁盛するのだがなと、目まぐるしい多忙の夜を予期して少々げんなりした。
「恩に着るぜ、じいさん。働きすぎてぽっくりいくなよ」
 最後まで軽口を叩き、ユーリは降りてきた時と同様に軽い足取りで階上へと駆け上がって行く。雑な扱い方に見えて、その実カップに張られた暖かい膜を波立たせない様に注意を払う丁重さは流石と言うべきか。
 きいっと蝶番の音がした後に、扉が閉まる揺れが階下まで届いてきて。ハンクスは少しだけ懐かしむ様に視線を入り口へと注いだ。今にもユーリがフレンを連れて玄関を潜り抜けて来そうな気がするのは、彼自身も感傷的になっていたからかもしれない。
 規則正しく家の周囲を歩き回る雨脚が、埋もれている情景を呼び覚ます。

 そう。あの日も、こんな風に雨が降っていた。





「お手柄だな、ユーリ。あのまま発見されなかったら、翌日にはこの子は野垂れ死にだっただろう」
 カウンターで手作業をこなしながら、男性は目の前に腰掛けるユーリを労った。
 男性の手によって、こぽこぽと暖かい湯気がカップの中から立ち昇るのを、ユーリはカウンターに乗り出して目を爛々と輝かせ、隣に座るフレンはぼんやりと眺めていた。
 フレンが熱に浮かされた様に意識を浮遊させている間にも、場面はコマ送りで流れていき。肩からずり落ちたタオルを引き寄せながら、夢と現の狭間を泳ぐ。

 噴水の前でユーリの手を取った後、フレンは半ば引きずられる形で酒場へと連行された。
 「まって」と制止しようにも、寒さで身体機能が停止した唇は戦慄くばかりで役に立たず。気付いた時には、大人が嗜む匂いが香る場所に足を踏み入れていて。ずぶ濡れの自分達を認めたハンクスと名乗った男性に、問答無用で風呂場へと放り出されていた。
 乱暴な手つきで髪や身体を洗うハンクスに、「いてえよ、じいさん!」と元気良くユーリは反抗したが。始終無表情に無言を貫くフレンに、ユーリも次第に無口になっていき。ハンクスは黙々と湯船に二人を突っ込んだ。
 ユーリと背格好が同じくらいだったという理由で、フレンは半ば強制的に彼の服を借りて着用させられた。次には有無を言わさずカウンターに二人並べられて、流されるまま現在に至る。
 今の状況が、フレンには不思議だらけの幻想地帯で、理解が出来なかった。心も死んだ様に動きを見せず、全く現状に追いついてはこない。
 あのまま、噴水の前で。豪雨に浸されながら、自分もいつか大地に染み込んでしまうはずだったのに。何故か、隣に居座る活気に溢れた子供に連れられ、屋根のある部屋にのんびりと居座っている。
 身体が温まれば五感も戻ってきて、先程まであの冬よりも寒々しい空間に長時間晒されていたのが夢みたいに思えてきた。今あそこに引き返したら、自分は正気を保っていられないかもしれない。
 けれど、自分はあの場所にもう一度帰るべきな気がして。でも、行けなくて。生じるひび割れたズレに焦燥さえ抱く。

 「ごめんね」と。誰かが呟いて、離れていった。

 その「誰か」も思い出せない自分。薄情で残酷な自分。
 そんな自分は、この箱庭には相応しくないのではないかと。文字通り暖炉みたいに、情で暖を取ってくれる二人の前では場違いだと。フレンは気後れして、でも舌が凍り付いた様に動かなくて、結局ずるずるとお世話になってしまった。

 でも、もう出ていかないと。ここは、不人情で――用済みとなった自分の居場所ではないのだから。

 無感動に分析して。フレンが、口を無理矢理こじ開けた矢先。
「ほれ、飲みなさい。身体が温まるぞ」
 ことりと置かれたマグカップの出現で、フレンはまたも機会を逸した。吐息だけを囁いて、視線が自然とカップへと吸い寄せられる。
 カップにはチョコレート色の膜が綺麗に張られていて。そこから立ち昇る甘い香りに、フレンはこくりと喉を鳴らした。初めて見る物体だからというだけではなく、本能が求めたのかもしれない。
 それでも、素直に手を伸ばす事が躊躇われて。フレンが途方に暮れた様にひたすら表情も無く水面を凝視していると。

「のまねえの?」

 横から率直に疑問をぶつけられ。フレンは、緩々と首を声の主へと巡らせた。そこに灰色の視界の中で発見した、鮮やかな夜が身近に降り立っていた事実を認識し、今更ながらに目を瞠る。どうして忘れていたのかと、自問した。
 そんなフレンの驚愕は涼しい顔で受け流し、ユーリは「ほら」とカップを両手で押し出してくる。
「ハンクスのじいさんのココア、うまいんだ。おまえにものめるよ」
「じいさんとは失礼な。まだおじさまで通じるわ」
「わかったよ。お・じ・さ・ま」
「・・・・・・じいさんで良い」
 わざとらしく声音を変えてまで区切って発音してくるユーリに、ハンクスは項垂れて訂正した。はっきり言って、気持ち悪い。それに、赤ん坊の頃から育てて来た身としては、今更だと思い直す。
 たった一回のやり取りで敗北を喫したハンクスに、フレンは少しだけ――ほんの少しだけ、口元を緩ませた。凍えて氷塊と変化していた顔に、赤みが差す。
 この人達、面白いなと。鈍った思考でフレンが評価していると。

「・・・・・・なんだ、わらえんじゃん」

 にっと口の端を吊り上げて、ユーリは無造作に手を伸ばしてくしゃくしゃとフレンの髪を掻き回した。
 突然に不躾な行動に出た彼に呆気に取られ、フレンが反駁を加えられない間にも、ユーリの手は構わず髪の中で動き回る。
 乱雑なのに、その中に穏やかな優しさが明滅している気がして。何ら変化を見取れなかったフレンの内側で、小さく小さく悲鳴を訴え始めた。
「おまえのかみ、たいようみたいだよな」
「・・・・・・?」
「かみ。ひかりみたいだった」
―――――――――――――
「くらかったのに、ひかってたから。だから、まどからでも、みつけられたんだ」
 見つけた時は、今にも消えてしまいそうだったから慌てて手を伸ばしたと。真相を吐露されて、フレンはまたも瞠目した。
 そんな風に自分を評してくれたのかと、胸が震えて。我知らず、目の奥が熱くなった。
「わらったら、そのかみとおなじだ」
「・・・・・・おなじ?」
「おお。ひかりみたいだ」
 屈託無く称讃を受け、フレンはまじまじと彼を刮目した。あまりの似合わなさっぷりに疑問視しながら、それでもすとんと自分の手の平に収められる。
 何故、あの噴水の前に座り込んでいたのか。自分に謝罪を連ねていたのは誰だったのか。顔さえも浮かんでは来ない、酷薄な自分。
 その自分を、「光」と見てくれたのか。
 見つけてくれたのか。置き去りにされた、自分を。謝りながらも置いていかれた、自分なんかを。
 不要だと断じた。だから、心さえ凍らせたのに。
 彼は、躊躇い無く抱擁して、あっという間に溶かしてしまった。
 見つけてもらえるというのは、こんなにも幸せなことなのだ。深々と身を切り刻む雨の檻の中にも、爪先ほどの大きさしかなくとも確かに熱は灯っている。冷気だけではなく、温もりが眠っている。
 それを、彼が教えてくれた。「夜」を体現した「光」が、輝いて示唆してくれた。
 見つけてもらえないと、諦めていたのに。
 見つけて、くれた。自分が、埋もれてしまう前に。
 ああ。それは、何て―――
「・・・・・・ありがとう」
 するりと、口から付いて出てきた感謝。先程までの大量な労費を要したのが嘘の様に、簡単に割られた口先。

「みつけてくれて、ありがとう」

 もう一度、感謝を添えて。ふわりと笑んでみれば、彼もこれ以上ないくらいに破顔して。
 何だかそれが嬉しくて、フレンもまた笑った。連鎖する様に彼も笑い続けて、遂にはハンクスの顔にも笑みが広がる。
「オレは、ユーリ。おまえは?」
 笑ったまま、名を問われて。封じた自分を、再生させた。
 もう一度、ここから始めるために。
「・・・・・・フレン。ぼくは、フレン」
「フレンか。――よろしくな、フレン」
 初めて邂逅を果たした時と同じく、手を差し出されて。そこに、微かな祈りを見出した気がして。
 フレンも、今度はしっかりと自分からその手を握った。引きずられる様にではなく、自身の意志で。

 その後、一緒に飲んだココアはすっかり冷めてしまったけれど。今まで飲んだものの中で、一番暖かいとフレンはしみじみと噛み締めた。
 そして―――





――よう、フレン。まーだおねむか?」
 さーっと静かに潮が引いて行く様な音を耳にしながら、フレンは意識を引き戻した。窓枠に頬杖を突いていた身体を、重たげに声の方角へと向ける。
 そこには、テーブルに置かれたマグカップを前に、部屋の隅のベッドで寛いでいるユーリの姿があった。片膝を立てて壁に背もたれている姿は、いつでも眠りに落ちてしまえそうだ。到底人の事は言えたものではないのだが、ユーリには大層な差異らしい。
 にやにやと意地悪い笑みを乗せてくる彼に、「心配かけたかな」と反省しながら、フレンは椅子から立ち上がって彼の隣に座り直した。移動したのに、背中に張り付いているみたいに迫ってくる律動的な雨音を、意識的に無視する。
「いや・・・・・・もう起きたよ。おはよう、ユーリ」
「おお、本当に起きたみたいだな」
「本当に?どういう意味だ?」
「さっきは、おやすみ、だったからな」
 律儀に説明してくれるユーリに苦笑しつつ、フレンは「やってしまった」と頭を抱えたくなった。最近は雨の気配も気にならなくなって私生活に影響は無かったのに、久々に往時に沈み込んでしまったらしい。
 今日の空模様が、あまりにあの日に酷似していたからだろうかと。適当な理由を付加して、目を伏せる。視界に広がっていた白黒の世界が、一時的に霧散した。

「・・・・・・ごめん」
「悪いと思ってんなら、ココア飲め。そんで、もう一回寝ちまおうぜ」
「・・・・・・ハンクスさんの手伝いは」
「有給休暇は有意義に使うべきだろ」

 つまりは、サボろうぜ。そう提案してきた彼に、フレンは呆れて物も言えなかったが、一方でハンクスにも気を揉ませてしまった事に申し訳なくなった。ユーリが堂々とサボりを強要してくるという事は、ハンクスの了承も得ているという事だ。自分の症状も感付いているに違いない。
 別に、もうあの日を気に病んでいるわけではない。既に自身の中では昇華してしまっている件だ。
 それでも時折、幼き幻影に迷い込んでしまうのは、心の片隅に根付いてしまっているからだろうか。
 今でも女性の顔の輪郭さえ鮮明にならない薄情な自分。置き去りにされて、そうとは認識せずとも寂寞たる暗闇を味わった自分。
 あの日、自ら氷の中に逃げ込んだ。少し衝撃が加われば忽ち砕け散ってしまいそうな心を、護るために。
 そうしなければ、今頃―――

「・・・・・・太陽でも、疲れる時はあるんだろ」

 またも過去に飛びかけた時に、不意に横から切り出され。つい最前まで昔のユーリの言葉を想起していたフレンは、内心だけで仰天した。表情に打ち出さなかったのは、奇跡と言っても良い。
「・・・・・・それが?」
「いやな。太陽って、光り続けて人に道を照らしてくれる有り難い存在だけどな、それにしたって光り続けてたら疲れんだろ。だから、夜になったら星に任せて沈むし、雲隠れすることだってある」
 世界はそうやって均衡を保って成り立っている。一人だけで全てが回っているわけがない。
 表に裏が、上には下が、光には闇がある様に。
 互いには、互いがいるのだから。

「だーから。お前もココアでも飲んで、さくっと寝て。それからまた、輝けば良いんだよ。難しく考えんな」

 くしゃりと、金色に輝くフレンの髪を撫でながら、ユーリはマグカップに手を伸ばす。カップに注がれたココアは冷め切っているらしく、既に湯気は鳴りを潜めていた。彼がここに戻って来てから相当な時間が経過していたのだと推察叶って、根気強く待ち続けてくれた親友に頭が下がった。
 あの時と同じく髪を掻き回され、ココアを差し出されて。何処までも彼は彼のまま変わらないと、確かめて。

 ああ、もう本当に―――

 フレンは沸き起こる歓喜に促されるまま、笑みを咲かせた。
「そうだな、確かに。ユーリの能天気さに感謝だ」
「そこは褒めるところじゃねえの?普通」
「褒めてるんだよ。僕には真似できない」
「そりゃあ良かった。大いに真似させてやるから覚悟しろよ」
 飛ばされた軽口には「楽しみにしてるよ」と返して。フレンもカップに手を伸ばし、一口啜る。
 冷めてしまったココア。でも、口の中に広がる甘い香りや伝わる温もりは、全身に浸透して、身も心も優しく抱き込んでいく。
 ココアを飲んで、心身を暖めて。
 そうして、寝てしまえば良い。二人並んで手を繋いでしまえば、寒くは無い。
 そう。あの後。
“よし、もうねようぜ。ベッドひとつしかないけどいいよな”
 自分の手を引いて、部屋に駆け込んで。巻き込んできた彼と一緒にベッドに入って、朝までぐっすり寝入ってしまった様に。追いかけてくる冷たい足音は、自分達の所まではやっては来れない。

 刻んで、重ねてしまえば良い。寒さを上回るだけの包まれる幸せで。
 暗闇の手に、寒冷な息吹に支配されそうになったなら、こうして手繰り寄せた灯火で明るく振り払ってしまえば良いのだ。
 自分は、一人ではないのだから。二人でなら、きっと乗り越えられる。
「・・・・・・じゃあ、お言葉に甘えて。今日は、もう寝ちゃおうかな」
「おう、そうしとけ」
 他愛も無い会話を交わして。親友の存在に感謝しながら、日溜りの様な一日を実感する。
 もう、忍び寄る冷たい雨音は、聞こえては来なかった。


 迫りくる寒冷な足音は。甘い幸せで、刻んで重ねてしまえば良い。
 そうすれば、暗闇に閉ざされていた世界も雪解けを迎えて、優しく微笑うはずだから。





目が覚めて、ふっと浮かんできた場面を衝動に突き動かされるまま書いた話。
雨の中で座り込むフレンが書きたかったのです。

【2008/12/2】

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