白い星が降る夜は。
 どうか、君と共に。



星が降る夜



 ぱちぱちと、暖炉で密やかに炎が弾ける音を背景に、リタは頬杖を突きながら目の前でラズベリーレッド色の糸と格闘する親友を眺めていた。ぽけーっと何をするでもなく、ただ人を観賞しているだけで楽しいなどという感想を抱かせてくれるのは、旅をする仲間以外にはこの親友だけだろうとリタは確信している。
 テーブルの上に広げられた薄っぺらい本と睨めっこし、次に両手に収められている細長い棒二つを挑む様な眼差しを注ぎながら動かし。手と言わず腕も首も合わせて一生懸命に行使する姿は、微笑ましいを通り越して感心する。腕はともかく、首は特に作動させる必要は無いんじゃないかとリタは結論を出していたが、親友にとっては重要なファクターらしい。桜色の髪が揺れる度に、首は疲れないのかと変な介意を挟んでしまう。
 そうして、数分が過ぎた頃―――

「あっ!」

 焦りの入り混じった声を上げて、親友は「はふっ」と肩を落とす。どうやらまた手順を間違えたらしいと容易に推測が叶って、リタはほんのり苦笑した。先程から数分周期で繰り返されれば、嫌でも分かる。
「また間違えてしまいました・・・・・・」
 しょんぼりと声のトーンまで沈ませる彼女に、リタは少しだけ慰めの言葉を脳裏に並べて吟味し。
「ま、エステル自身が糸に絡まないだけマシだと思うわよ?」
「・・・・・・はい」
 からかいの混じった慰労を素直に受け入れて、親友――エステルは手を動かして糸を解く。どうやら、間違えた箇所まで戻るつもりらしい。根気強くて諦めない心は彼女の美点だと、リタは内心だけで認める。口には、恥ずかしくて出せないが。

 テーブルの上の籠に入った球体をかたどる糸の塊。そこからエステルが手にする編棒二本に細く伸びて、更に編棒二本の間に四角い布地が垂れ下がっている。ふらふらと頼りなげに揺れている様は、彼女の心境をそのまま反映している様にも映った。
 ―――要するに。彼女は、毛糸を使って編み物をしていたのだ。更に詳しく言及するなら、マフラーを。
 窓の外からはちらちらと音も無く粉雪が舞っていて。ハルルの街並を見渡せば、綺麗なイルミネーションで飾り付けが為されていたりと、人々も空気も浮かれている。もうすぐクリスマスが迫っている今、それに相応しい変化を見せていた。
 世界中が暖かかったり甘かったりな雰囲気を醸し出す中、エステルも例に漏れずクリスマスへ向けていそいそと準備をしている真っ最中で。恋人であるユーリに何かプレゼントしたいと、編み物入門編の本を引っ張り出し、編棒を購入して、マフラーを編んでいる次第だった。色はいつも黒系の服装をしている彼に合わせ、濃い目のラズベリーレッドを選択したらしい。まあ、似合うんじゃないかとリタも納得する選び方だった。
 しかし、編み物とは。リタとしては気合が入っているなと、感嘆した。付き合い始めて初めてのクリスマスだし、何か自分で生み出したものをプレゼントしたいという流れになるのは当然だろうとも思う。それに、暖炉のある部屋でゆったりと椅子に腰をかけ、編み物をするエステルは実に絵になる。――実態は、ともかくとして。
 まあ、お金もかからず心がこもっているものなら、ユーリも遠慮なく受け取るだろう。きっと、プレゼントなど無くとも、彼らはクリスマスに相応しい舞台を作り出してしまう気もしたが。エステルとしては、日頃の感謝もこめて贈り物をしたい。そんな所だろう。
 幸せなカップルね、と。リタはココアを口にしながら他人事の様に分析した。――自分と彼には関係の無いイベント事だから、余計に冷静になれたのかもしれない。
 黙々と糸と格闘し、またも失敗してがっくりと落ち込むエステルを眺めて、リタはちょん、と人差し指で網目を突いた。

「クリスマスって、三日後でしょ?イブは二日。まだ手の平サイズくらいしか無いけど間に合うの?」
「ま、間に合わせて、み、みせます!ここからです!」
「気合十分ね。そういえばユーリ、もうすぐ帰って来るはずだから。あたしはそろそろアスピオに戻るわ」
「え、もう戻っちゃうんです?」
「アスピオもあれから大分立ち直りを見せたから、落ち着いて研究に専念出来る様になったしね。ほっぽり出してきた内容も片付けたいから。・・・・・・それに、あいつとは久々なんでしょ」

 ゆっくり過ごしたら、と暗に仄めかせば、エステルの顔がたちまちぼっと赤く染まる。髪と一緒に頬まで桜色になった彼女に苦笑しながら、リタはひらりと立ち上がった。ここでユーリと鉢合わせなどという間抜けは犯したくない。
「あ、そういえばリタはフレンに編んだマフラー、渡すんです?」
「は!?な、何でそんな話になるわけ?」
「だって、五日前、見事に目の前でベージュ色のマフラーを編み上げていたから。てっきり・・・・・・」
 無邪気に先日の出来事を想起するエステルに、リタは「あー」と頭を抱えたくなった。そういえば、エステルが「一緒にどうです?」とわざわざ編棒を差し出して来たので、簡単に本を読んでから編み上げてしまったのだ。コツを掴めば器用なリタにとっては簡単な作業で、その時のエステルの尊敬の眼差しに照れ臭さを感じたのも昨日の事の様に思い出せる。
 その後、マフラーは家のタンスの奥に静かに保管されている。何となく長さ的に自分が使用するには長大に過ぎて、手に余ってしまったのだ。帯にするには、強度は弱い。
 エステルに言われるまで、故意に忘れていたのに。彼女はさり気なく急所を突くのが上手だ。出会った時から、ずっと。洞察力は並外れている。

「リタも、イブはフレンと過ごすんですよね?」

 他意無く続けられた質問に、リタは一瞬だけ遠い目をして。すぐに腰に手を当てて頭を振る。エステルが必要以上に気にかけたら嫌だからと、敢えて伝えなかった予定。
「いいえ」
「え?」
「あいつ、今はオルニオンで多忙に見舞われてるらしいから。クリスマスは無理かもって前から言われてたし」
 正しく真実を告げてやれば、案の定エステルの顔がみるみる内に曇っていく。リタとしては、クリスマスだろうが何だろうが、一年の内の一日に違いは無いのだから、イベントに拘る必要は無いと判断しているのだが。エステルは、この世の終わりの様な悲痛な表情で見上げてきた。
「え、え。待って下さい。じゃあ、クリスマスは」
「ま、騎士団長になるくらいの男なんだから、予想通りでしょ。別に、会える時に会えればあたしは構わないわよ」
 んじゃね、と。リタは至って軽い足取りで部屋を去っていった。ぱたん、と閉じられた音を耳にしながら、エステルは呆然と彼女が消えていった扉を凝視する。全てが閉ざされてしまった様な感覚を覚え、思考が真っ白になった。

 自分は、ユーリと過ごせる当日を楽しみにしていて。浮かれて、プレゼント用のマフラーまで編んで。

 彼女は、それをどういう気持ちで見つめていたのだろう。きっと、彼女に言わせれば「当然の成り行きでしょ」と一笑に付すだろうけれど、エステルは納得がいかなかった。
 彼女は確かにイベント事には淡白な傾向ではあるけれど。それでも楽しげな空気を漂わせる群れの中を、まっさらに、無感動に、一毫たりとも羨望を抱かずに過ごせるのだろうか。

 好きな人と過ごせるなら。その方が良いに、決まっているのに。

 そこまで連綿と並べ立て。エステルの胸が切なげに鳴いた。自分が彼女の立場だったら、淋しいけど我慢出来るだろう。でも、リタにそんな想いを味わって欲しくないと、願ってしまって。
 だから。

「どうした、エステル?」

 不意に、背後から自分を呼ぶ声に。次いで、たん、と軽く着地する懐かしい足音に。最後に、ぱたんと窓が何事も無かったかの様に閉められる物音に。
 「ドアから入って下さい」というお決まりの注意も忘れて。
「・・・・・・ユーリ・・・・・・っ!」
「うおっ!?」
 今にも泣き出しそうな顔で、エステルはユーリに抱き付いた。いつも通り注意を喚起してくるだろうと構えていたユーリは、予想外の反応に一瞬たたらを踏みながらも難なく彼女を受け止める。
 ぎゅーっと巻き付くように腕を背中に回してくるエステルに、ユーリは苦笑しながらぽんぽんと彼女の頭を撫でてやった。しばらくそのまま為されるがままにされてから、タイミングを見計らって口を開く。
「どうした、本当。そんなにオレに会いたかったか?」
「会いたかったです。それだけじゃないですけど、会いたかったです」
「・・・・・・はっはーん。リタに何か言われたか?ま、友人ってのはたまには喧嘩して・・・・・・」
「そうです!リタが!リタなんです!」
「は?」
 軽い冗談のつもりが、予想以上に食い付かれて。ユーリは呆気に取られながらも、もう少し聞き出してみる事にした。何であれ、話が見えてこなければ対策も練られない。
「リタが、どうしたって?」
「リタが、リタでフレンにフレンと会うために、フレンはクリスマスなんです!」
「・・・・・・わりぃ。さっぱり分かんないわ。リタとフレンが、クリスマスにどうしたって?」
「・・・・・・えっと。・・・・・・リタとフレン、クリスマスに会えないって・・・・・・」
 ああ、なるほど。取り敢えず、最初よりも遥かに簡潔に答えを提示されて、ユーリは合点がいった。
 大方、エステルは当然の如くリタとフレンも同じ様にクリスマスを共に過ごすと思って話題に出したら、全く正反対の回答を繰り出されて混乱してしまったのだろう。そして、ショックを受けたに違いない。自分が無邪気にクリスマスを楽しみにしていた事自体に。
 ユーリ自身は「仕方ねえことは仕方ねえんじゃねえの」と割り切って後でフォローを入れる位で終わらせてしまいそうだが、エステルにとっては結構大事なのかもしれない。自分ではなく、他ならぬリタの事であるから尚更。
 だが。フレンなら、彼女の気持ちを見越して既に手を打っている可能性もある。なので、ユーリとしては特に心配はしていないのだが。エステルに納得してもらえる自信は皆無なので、黙っておく事にした。
「んー、まあでも、フレンが埋め合わせしない様な奴とは思わねえしな。そんな事で拗ねる性格でも無いだろ、リタは。そこまで気にする事でもねえと思うけど」
「リタも、別に気にしていなかったんですけど。でも、私、そうとは知らずに浮かれていて・・・・・・」
 予想通りの返答に、ユーリは彼女らしいと感嘆した。自分だけではなく、相手も一緒にというのは彼女らしい発想だ。
「でも、それでいつまでもクヨクヨしてたら、それこそリタが気にするんじゃねえの?だから、今日まで言わなかったんだろうし」
「それはそうですけど・・・・・・」
「なら、イブの次の日には皆で集まってクリスマスパーティやるって決まってんだから。その時に思いっきり騒いでやれば良い。リタの淋しさも吹き飛ばすくらいにな」
 だろ?とウインクしてやれば、エステルもようやく笑顔を見せた。「そうですね」と呟いてから、決心した様に両拳を握り締める。
「私、クリスマス、頑張ります!」
「はいはい。張り切りすぎて倒れんなよ」
 すっかり立ち直った彼女に安堵を覚えながら、ユーリはふとテーブルに視線を移す。そこには、毛糸の玉と、編棒と、編み物らしいものが転がっていて。

 ―――あー。オレ、どうすっかな。

 視線に気付いて、慌てて道具を体中で隠して言い訳を捲くし立てるエステルを眺めながら、ユーリは別の悩み事を抱える事になったのだった。





 ささやかながら、綺麗な飾り付けをされているアスピオの広場を通り抜け、リタは本に視線を落としたまま家の玄関を潜った。ばたん、と存外大きな音が上がった事に何故か心臓が跳ねる。
 今日は家族や恋人――主に子供や恋人達が待ちに待ったクリスマスイブ。研究一色を貫くアスピオでも、他の街程ではないが少しだけ浮き立つ雰囲気は流れていた。一度アスピオが崩壊して、外の世界に長期間晒されていた影響もあったのかもしれない。悪い傾向ではないだろうと、他人事の様にリタは懐抱する。
 家に帰る前に研究室で何人かに食事を誘われたが、全て断った。最近は研究員達も自分に歩み寄りと好意を見せてくれて、少しだけリタはくすぐったい気持ちになる。以前の自分なら、喜んだりはしなかっただろう。二年前のあの旅は自分にとって、大きな収穫と恩恵をもたらしてくれた。こんな風に変わる事が出来た自分に驚きを禁じえないが、同時に誇らしくもある。仲間達の偉大さの証明の様にも思えて。
 ともあれ。日常生活で研究員と食事をする機会もあったので、食事くらいなら付き合っても良かったのかもしれないが、何故か今日はそんな気分にはなれなかった。途中、男性が残念そうに眉を顰めていた点は理由は不明だったが、それはどうでも良い。それに、研究員に夜更かしは日常茶飯事ではあるが、深夜に突入しかけた時刻にしっかりした食事は取りたくない。

 ―――別に、今日はイブだからとか。そういう風に流されているわけじゃないからね。

 勘違いしないでよ、と。びしっと人差し指を前面に突きつけて――コンマ遅れで誰もいない事に気付いて、そろそろと手を下ろした。一体誰に言い訳しているのだろうと、耳鳴りと頭痛がリタを襲う。
「あたし、何やってんだか」
 ばさりと、本を取り落として、リタは長く溜息を吐く。額に手を当てて狭い部屋を見回し、一点に目が留まった。――引き出しの奥で、件のマフラーが収納されているタンスに。
 重石を括り付けられたかの様に重くなった足を引きずって、のろのろとしゃがみ込んだ。タンスの取っ手を引っ張って、そろりとマフラーを取り出してみる。
 淡いベージュ色を、手の平で弄んで。でも、あまり形を崩したくなくて、いつもよりも慎重に扱ってしまう自分にまた溜息が漏れた。これでは、本当に彼への贈り物と看做しているみたいで落ち着かない。
 あの時は、本当に特別な意図を持って編んだわけではなかった。ただ、エステルがあまりに不器用というか、一分と間を置かずに次々と間違いを披露してくれるので、軽い気持ちで――途中からは本気になっていたが――編み上げたのだ。
 その時、手近にあったのがたまたまベージュの毛糸で。一瞬彼の顔が脳裏を過ぎったりはしたが、それでもプレゼント用とは考えてはいなかった。
 ただ、長さ的には彼にピッタリだったり、ベージュは彼に似合うかもしれないなとか思ったり、まあプレゼントなんて他に用意はしていないしするつもりもないし、これでも贈り物とするのもまあ安上がりで良いかななんて。

「・・・・・・ってホント、誰に言い訳してるわけ、あたし」

 マフラーを両手に乗せて思案顔になっている自分を認め、慌ててリタは首を振った。恐らくエステルがいたら、「リタ!首が千切れてしまいます!」と制止に入ってくる程の勢いで。
 どうして、こんなに彼に振り回されなければいけないのか。いつだって、彼という要素が加わるだけで全てのリズムが狂っていく。
 エステルに言った事は嘘ではない。世の中の祭とかクリスマスとかお正月、様々な行事に合わせて行動するとか過ごすとか、そんな瑣末事はどうでも良い。ただ、一緒にいられる時に一緒にいられればそれで満足だ。恋人らしい事を望んだりもしていない。――ここら辺は、正直に言うならどう望めば良いのか分からないという理由もあるし、自分がという光景にいまいち実感が湧かないからなのだが。
 だけど。
 嬉しそうに編み物をするエステル。クリスマスまでに仕事を終わらせる事に成功して、彼女の元に戻るユーリ。家の屋根や門の前、街の至る所に飾り付けられたイルミネーション。幸せそうに並んで歩く人々。
 ふわふわと、心躍る空気の中。いつも通りに歩く事に、違和感はないけれど。
 無い、けれど。
“リタ”
 聞こえない。彼が落としてくれる、囁きが。
 それが。

 何だか―――

「・・・・・・っ」
 ぐらりと、暗い虚無感に落ちかけた時。



 ―――どん、と。扉を叩く音が飛んできた。



 こんな時に誰、と意識を大急ぎで引き戻す間にも、どんどん、と扉を叩く音が立て続けに上がる。時刻としてはもう深夜に近いし、寝ている可能性だってあるのに。近所迷惑な人物だと、リタは八つ当たりも兼ねて思いっきり扉を開け放った。「うるさい!」と文句を飛ばすために。
 ばたん、と大音量が響き渡り。息を吸い込んで、リタは問題の人物を睨み上げ―――
―――――――――――――
 睨み上げたまま、硬直した。言葉は、一欠片も飛び出しては来なかった。貼り付いた様に喉元に引っかかって、唇は半開きのまま固まった。視線も、見上げたまま固定されて、一ミリも逸らせない。
 視線の先には、太陽の様に眩い金色の髪。外は余程気温が下降していたのか、髪に混じった真っ白な粉雪は解けないまま、ちらちらと明滅していた。光の中で煌く花吹雪を連想させて、自然と目を奪われる。
 はあっ、と目の前で大きく息を吐き出されて。介入した音で、ようやくリタは夢の世界から覚醒した。それでも驚愕からは立ち直れず、ぱくぱくと口は一言も発することのないまま開閉するだけだ。
 そんな彼女の驚嘆ぶりには構わず、眼前の人物は息を整え。にっこりと、太陽みたいに眩しく、木漏れ日みたいに優しく微笑んだ。

「良かった、まだ起きていてくれて」
「は。な、に・・・・・・」
「メリークリスマス、リタ」

 お決まりの挨拶と一緒に、その太陽――フレンは躊躇う事無くリタを抱き締めた。あまりに唐突な急展開に、リタの思考回路は爆発して沈着な対応を弾き出せなかった。ただただ、不遜な彼の行動の餌食となる。
 コートに散ったままの雪の残骸が冷たいとか、力の配分には配慮されているだろうが回されている腕が苦しいとか、非難は山ほど沸いて出てきたのに。一つも、外界に表出する事は無かった。他の者には絶対に許しはしない失礼な態度を、受け入れる。垂れていた指先が、求める様に彼のコートの端を引っ掛けた。
 こんな、絶妙なタイミングで現れるなんて。何処までもずるいと、リタは内心だけで悪態を吐く。

 何だか泣きたくなってしまったなんて、そんな真相は死んでも言えない。見抜かれている気は、したけれど。それでも言いたくはなかった。

 しばらく――時間にしては一分も経過してはいないが――抱き締められたままになって、ようやく凝り固まった脳も氷解していった。憮然とした声を繕って、リタは当然の疑問を口にする。
「あんた、仕事はどうしたのよ」
「片付けてきたよ。別に放り出してはいない。そんな事したら、君に怒られるしね」
「当然ね。・・・・・・でも、あんた大丈」
「急いで来たから、何にも用意出来なかったんだけど」
 そんなことどうでも良い、と。リタは焦りに似た衝動に突き動かされたが、封じ込める様にフレンは微笑んで彼女の視線を絡め取った。それだけで、リタは身動き出来なくなる。彼の真っ直ぐな視線を、照れもなく受け止めるのはかなりの精神力を要するのだ。
 視線を絡ませたまま、フレンはゆっくりと彼女の髪を梳いて。ふっと囁く様に笑みを落とす。
「・・・・・・降り積もる雪を見たらね。君に、無性に会いたくなった。会うことだけ、考えてた」
「は・・・・・・」
「今、降っているんだ。まるで、星が降ってくるみたいで綺麗だよ。君と一緒に見上げられたらって、そればっかり願って走り続けた」
 急に訪ねてごめん、と。悪びれなく謝られて。リタは、目を大きく見開いた。あっさりと「会いたい」と告げられて、自分の心を見透かされてしまったと罰が悪くなる。
 彼は、相当無理をしたはずだ。実際、城に訪ねる機会があって、オルニオンで熟さなければならない量は膨大だと耳に挟んでいた。オルニオンはギルドと騎士団の協力の下に建てられた新興都市であり、希望の地。軌道に乗れたとはいえ、まだまだ問題は山積みのはずだ。それらのキリを上げて、挙句にアスピオまで急行となると、かなり無茶をしなければならないのは手に取るように分かった。
 そうまでして会いに来てくれたのは、きっと自分の心境を見越してだ。彼は気配りが上手だし、人の心の機微に聡い。強がりだって、すぐに見抜かれる。
 でも、それだけではなくて。
 彼は、本当に自分に会いたいと願ってくれたのだろう。だからこそ、息を切らして訪ねてくれたのだ。雪を払う暇すら惜しんで、ドアを叩いてきた。しかも、その音は切羽詰っていた。思い返しても、彼らしからぬ乱暴なノックだった。
 そして、こんな風にいきなり抱き締めてくるのも稀で。例え、――認めたくなくても――自分が淋しさを押し出していたとしても、彼は色んなものを読んでから抱き締めてくるのに。いつもの彼なら、考えられない事態だ。


 ―――いつだって、彼には振り回されてばかりだ。


 出会った時から、負けっぱなしで。勝ったと優越感に浸るのもつかの間、すぐに手綱はあちらに握られる。
 そして。その振り回し方が、自分を一喜一憂させて。それでも最後には必ず喜びで満たしてくれるのだから、本当に敵わない。
 今だって。自分が項垂れてしまう前に、難なく掬い上げてくれて。言葉だけでなく、行動で示してくれた。暖めてくれた、全てを。
 こんな素敵な贈り物は、きっと他に無いだろう。そう思える位には、自分は幸せに踊らされている。今なら、彼の純粋な術中に嵌っても素直に委ねられる気がした。
「・・・・・・じゃあ、その星降る光景とやらを見ようじゃない。・・・・・・綺麗なんでしょ?」
「うん。君みたい」
「ばっ、な、何言ってんのよ!」
「本当なんだけど。綺麗だよ?」
「・・・・・・あんた、よくそんな歯の浮く台詞言えるわよね」
「?だって、リタは綺麗」
「あー、もういい。それ以上言わなくて良い」
「・・・・・・分かった。じゃあ、行こうか。外は寒いから、リタもコート着た方が良い」
「・・・・・・。・・・・・・せっかくだから、マフラーもしていきましょ」
 さらりと恥ずかしい事を言ってのける口を封じて、リタは踵を返して引き出しの中に置きっぱなしのマフラーへと歩み寄る。
 この後、マフラーを受け取った彼がどんな顔をしてくれるのか。楽しい想像を描いて、リタは背を向けたまま目元を緩ませた。



 真っ白な星が降る夜は。
 どうか、大切な貴方と共に。





自分としてはかなり甘いフレリタです。ユリエスはオチが思い付かなかったのです(爆)。
リタは絶対二、三年経ったらもっと美人で可愛くなっていると思います。秘かにモテそう(笑)。
でも、フレンもリタも相手を不安にさせる様な事はしなさそうだなあ、とか。私的にユリエスよりもしっかり伝え合っていそうな気がします。

【2008/12/19】

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