同じ想いを抱き、隣に並びながら。 気付けばいつも、先を行くあいつが見える。 花笑い、君は遠く 陽光を弾き、風に揺れる金色の髪を見つめながら、ユーリは静かに視界の端に落ち着いた石碑を認めた。名の刻まれぬ墓標に、僅かばかりに目を細める。 それを石碑と称するには、少々立派過ぎるか。そのひんやりとした灰色の物体は、下町中を駆け回り、彼がこれと納得行くものを探して持ち出した、道端に転がる石でしかなかったのだから。 だが、他の者達にとっては単なる石ころでも。自分達には、充分に意味のある石碑だった。 数日前に邂逅した、僅かばかりの時間しか一緒にいられなかった、小犬。その遺体が、石の底、少しだけ盛り上がった乾いた土の下で眠っている。 彼は、一生懸命だった。最後まで。 病を患い、風前の灯である小犬の命を救おうと。人と何ら変わらぬ接し方で共に過ごしていた小犬のために、駆けずり回っていた。 たった数日間とはいえ。彼は小犬を大切に想っていた。その存在を喪った心中は推して知るべし、だ。 けれど。一時間も同じ体勢で墓石の前に座り込まれていれば、流石に見るに忍びなく。 フレン、と。何かキッカケが無ければいつまでも動きそうに無い親友の名を、小さな背中にかけようとして――寸でで飲み込んだ。いや、飲み込まされたと言うべきか。 「ユーリ」 穏やかな声音で、名を呼ばれる。きっと、第三者が聞いていたなら、荒ぶる心も凪ぐほどに整った調子。 だが。自分は、知っている。長く付き合いのある自分は、何度も耳にしてきた響き。 下町の仲間が、理不尽な死を迎えた時に、聞いた。不条理な現実を突き付けられ、泣き寝入りをする仲間を目にする時に、聞いた。 誰かが、上から踏み付けられて、打ちひしがれている姿を見る度に、発していた。弾ける寸前の感情を秘めた、彼特有の合図。 「ユーリ」 もう一度、名を口にして。彼は、くるりと振り返る。にっこりと、誰もが釣られて頬を緩ませる笑顔を乗せながら、蒼空を映し出した蒼い瞳に決意の灯を宿して。 「僕、騎士になるよ」 いつか、二人で帝国を変えようと。漠然と不透明ながらも話題にしていた理想が。 この一言で、確かに動き出した。 「・・・・・・あー、蜃気楼か?今の」 ふっと目の前を掠める白い花びらを視認して、ユーリは好き勝手に旅立っていた意識を現実に戻した。一瞬、下町の情景から急に切り替わった見慣れぬ景色に困惑したが、表には出さずに脳内で処理する。小さかった自分が一気に大人になってしまった気分に、狐に包まれた様な思いを味わった。 どうやら、自分は知らず内に過去を振り返っていたらしい。街の中をふわりと舞う花吹雪を一望しながら、微かに苦笑した。 それもこれも、全部お前のせいだぞ。 今ここにはいない親友に八つ当たりをして、ユーリは満開のハルルの樹を坂の下から見上げた。 空を覆い尽くすほどに腕を広げ、枝一杯に咲き誇る花が気持ち良さそうに紅く色付く様は、子供でなくとも圧倒される。天から降り注ぐ日差しを受け、見上げる角度によって花弁の色彩が変わる加減は、溜息が出るほどに綺麗で優しい。人々が観賞にわざわざ赴くのも、納得出来るというものだ。 この坂を上れば、結界魔導器の状態を確認しに走ったリタがいるだろう。だが、何となくまだ足を動かす気分にはなれなかった。 理由は、言うまでも無く、あの頭の固い親友だ。 手配書を使ってわざわざ伝言まで残して行った彼。しかも、「早く追いついて来い」と簡単に言ってのけるというお土産付きだ。自分がそのせいで美しい過去に浸りたくなっても可笑しくはない、はずだ。 そして、また。笑う様に俯瞰してくるハルルの樹が、一層自分の心を刺激する。 彼がこの街の結界魔導器を修理するために、アスピオに出向いている間。自分は、エステル達と一緒に原因を突き止めて駆け回り、イレギュラーはあったものの、無事に修復を果たした。 驚いた顔を想像して。昔からの負けず嫌いが発揮して。その他諸々の意見を織り込めて、「ざまーみろ」とあの時は呟いたけれど。 単なる負け惜しみにしか聞こえないのは、きっと気のせいではない。 ハルルの結界魔導器を修復したのは、自分達だ。彼が為したことではない。 けれど。 自分の力で、為した事でもない。 自分一人であったなら、結界魔導器の修復は不可能だっただろう。カロルがいなければパナシーアボトルの存在には気付けなかったし、アスピオに協力を仰ごうにも、脱獄犯である自分では彼らの信用を得るのは到底不可能だったと言わざるを得ない。 だが、彼は違う。 彼は見るからに誠実の塊で、その紳士たる言動や、人々の心を掴むには充分過ぎる人徳を備えている。きっと、アスピオの魔導士も、彼になら喜んで協力しただろう。ハルルの魔導器も、無事に修復させてしまったに違いない。 現実は、魔導器の問題は自分達が解決した。 だが、それは結果論でしか無い。 もちろん、人間、自分一人で出来る事には限界がある。それは、理解している。特に、一人で不可能だった事態を気に病んでいるわけではない。 だが。 「すっきりしねえのな」 苦笑しながら、腰に手を当て。ユーリは目を伏せて息を細く吐き出した。 分かっている。自分が、何故ここまで過程にこだわっているのか。 彼は、着実に自分の道を確立させていっている。敵だらけだった騎士団の中で自分の位置を作り出し、幼い頃からの理想に向かってひたすら真っ直ぐに歩んでいる。 しかし、自分はどうだ。 騎士団の実態に失望し、退官して。自分は自分だけのやり方を見つけると豪語して出て行ったのに、未だ糸口さえ目にする事無く彷徨っている。 思えば、いつもそうなのだ。 目指す場所は一緒のはずなのに。先に道を作り上げるのは、いつだって彼が先だった。 下町で虐げられる人々に心を痛め。世直しを掲げながら、方法を模索していた時も。「騎士になる」と逸早く手段を選び抜き、宣言したのは彼だった。 そして、今回も。「早く追いついて来い」というメッセージを受け取って。彼の微かな意地を見抜きながら、先を越された感が拭えない。 ―――あいつの声が、遠くに聞こえる。 さわりと、耳元で舞う風の囁きが、彼の声に変化する。彼の言葉が、胸を叩いて火を灯す。 彼が「いつまで下町で燻っているつもりだ」と心配していると聞いた時。内側で燻っていた熱が、更に燻りながら訴えた。 彼が手紙に残したメッセージに対して、「大丈夫だ」と。肩を叩いてやれる「何か」が欲しかった。 彼と同じ様に。きちんと、自分だけの道を見据えたかった。 あの時。小犬が亡くなった日。 “僕、騎士になるよ” 自分達が抱いてきた理想を、確かな道として築き上げたあいつに。胸を張れる自分で在りたかった。 物心付いた時から、自分達は共に在った。二人で帝国を変えようと誓った日々は、今でも胸に息衝いている。 いつだって、一緒で。何をするにも、何処に行くにも、隣には彼がいて。 隣に並びながら。気付けばいつも、彼は先を歩いていた。迷う事無く、歩き続けていた。 それが、羨ましくもあり、闘争心を焚き付けるものでもあり。 ―――誇らしくも、あった。 先を行く彼の背中を追いかけながら、それでも隣には彼がいて。 それが、当たり前で。 道を別にしてしまった今でも。ふと目を横に滑らせれば、彼がいる錯覚に陥る。 光は影の、影は光の果てまで付いて行く様に。自分達も、何処までも共に在るのだろうか。 例え、隣を見て、姿形が霧の様に立ち消えていたとしても。 「ったく。お前、いつまでここにいるつもりだよ」 お前がハルルにいたのは、数日前だろ。 呟いて、意味の無い揶揄に失笑する。 道を分けてしまったあの時から、もう自分達が同じ道を歩く事は二度と無い。例え、到達点が一緒ではあったとしても、自分達の道は重ならない。交わることはあったとしても、重なりはしない。 けれど。 何なんだろうな、この存在感は。 身近にお前を感じるのは、何故だろう。 「・・・・・・ホント、敵わねえよな」 苦笑しながら、もう一度だけ満開のハルルの樹を見上げる。自分の指針を見据える様に。 まだ、自分は理想を叶える答えを見つけ出していない。そして、見つけない限り、彼の背は眼前に在り続けるだろう。隣に、気配を感じながらも。 今は遠く、遥か彼方を歩む背中を幻に見つめ。 ハルル自慢の満開の樹の下で。ゆったりと風にまどろみながら、ユーリは坂に一歩踏み出した。 お互い常に意識しているという話を書きたかったのに、何故か横道逸れました。 フレンサイドはまた別の話で。 【2008/11/24】 |
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