全ての想いは、文字に乗せて。 童話にひっそりと眠る。 童話に眠る むかしむかしあるところに、一人のお姫様がおりました。 そのお姫様は小さな頃からお城の中に住んでおり、何不自由のない暮らしを送っていました。 庭に出て柔らかな日差しを浴び。風に揺れる草花の香りを楽しみ。 本を読んではお話の主人公と一緒に幸せな気持ちになり。 そんな暮らしは、お姫様にとっては本当に夢のような時間でした。 けれど、お姫様は外に出ることができませんでした。 街へ行くことには首をふられ。庭に出るにも必ず誰かと一緒。 お日様の光を浴びて光る水面、一面に広がる砂の海、空いっぱいに伸びゆく満開の桜。 本では知っている綺麗な景色を、実際にお姫様は見たことがありませんでした。 お姫様はだんだんと外に出たいと願うようになりました。 窓の外を見ては、太陽が「外は楽しいよ」と手をまねき。夜には月や星が「道は照らしてあげるから出ておいで」と毎日話しかけてくれました。 外に出よう。 お姫様は、決心しました。 人に見つからないように旅に出る準備をして。人が眠りについた夜。遂にお姫様はお城から飛び出しました。 けれど、すぐにお城の人に見つかってしまい。お姫様は、連れ戻されそうになりました。 外に出たい。本でしか知らない世界を、この目で見てみたい。 お願い。誰か。 そう、お姫様がお空に願ったときです。 風のように現れた夜空の明星が、お姫様をお城の人から護ってくれました。 その夜空の明星こそが――― 「―――お姫様の手を取って、外へと連れ出してくれた運命の人だったのです」 「・・・・・・きゃあああっ!」 滔々と耳元で朗読されて、エステルはあまりに心臓に悪い不意打ちに悲鳴を上げてしまった。思わず取り落としてしまったペンが、こつんと机の上で跳ねる。 部屋に響き渡った可愛らしい叫び声に、仕掛け人――ユーリはわざとらしく両手で耳を塞ぎながらにまにまと机の上を眺めていた。正確には、机の上に広がる書きかけの紙面を。 もうほとんど書き上がってしまっている物語は、読む人が読めばすぐに誰がモデルかは分かる。それ故の悪戯だと理解できぬほど、エステルも鈍くは無い。 ―――夢じゃない、です、よ、ね。 ばくばくと、傍らの人物に聞こえてしまうのではないかというくらい早鐘を打つ胸を、エステルは強く両手を重ねて押さえた。鼓動までが手の平を伝ってばくばくと叫んでいる事実に、エステルはこれが夢ではない事を実感した。頬を染め上げ、上目遣いに悪戯人を睨む。 「ゆ、ユーリ。部屋に入る時はノックしてください!ビックリしたじゃないですか」 「いや、ノックはしたぜ。返事が無いから寝てるのかと思って扉を開けたら、創作に夢中になってたみたいだったんでな。ちょいと進行ぶりを確認しようかと」 「・・・・・・だからって、朗読しなくても・・・・・・」 「ま、新作の読者第一号はオレでありたいっていうわがままってことで」 「・・・・・・今、即興で言い訳を考えました?」 「バレバレかよ」 悪びれなく肩を竦めて見せるユーリに、エステルは「もう」と頬を膨らませて外方を向く。顔から火が出るなら、まさしく今だとエステルは真剣に考察した。執筆中にまさか登場人物当人が脇に出没するなんて、誰が予想しただろう。 しかも、内容は明らかに自分と彼を題材にしたもので。その上、恋愛風味で。 ラブレターを書いている現場を、本人に取り押さえられてしまった心境だ。エステルは今度こそ顔から火を噴いて、沈没してしまった。両手で頬を押さえて机に額をぶつける。――少しだけ痛くて、涙が出た。余計に顔が上げられなくなる。 そんな赤面葛藤真っ最中の彼女を更に煽る様に、ユーリは彼女の隣に手を突いて、興味深げに綴られている続きに目を通す。 童話形式で描かれた人物達は、まさにエステルそのものの柔らかな空気を纏っていた。実在する人物の個性を殺さずに彼女らしく作り変えてしまう辺りは、彼女の手腕が窺えて、ユーリとしては少し誇らしい一面だったりもした。読書は苦手だが、エステルの著す書物だけは苦にせず読める。 「童話作家として、エステルも成長したよなあ。でもこれ」 「待ってください言わないでください誰が誰かも言わないでくださいお願いですから」 「花瓶で頭かち割ろうとしたお転婆な描写がどこにも無い気がするんだけどな。オレの目が悪くなったとか、そういうオチか?あと」 「もうもうもうそれ以上は無しにしてくださいユーリもう私そろそろ」 「本に夢中で人の話聞いてなかったり、目立つな言ってる傍からメチャメチャ目立つハメになった天然お姫様だってこれじゃあみんなに伝わら」 「・・・・・・ユーリ、意地悪です」 机に撃沈したまま、エステルは一言、精一杯の強がりを零した。笑う様に隣で気配が揺れ、益々ふてくされてしまう。 顔を上げなくとも分かる。今、ユーリは最高に悪戯に成功した子供の様に笑っている。だから、余計にいじけてしまう。 「でも、困ってるヤツは放っておけない優しいお姫様って描写が無いのも気になるけどな。オレとしては一番重要な部分だと思うぜ」 ―――しかも、こうして前触れ無く嬉しい本音をさらりと挟んでくれるのだ。それだけで機嫌が直ってしまう現金な自分が恨めしい。敵わない。 「てか、フレンの存在抹消されてねえ?騎士が出てこねえんだけど」 「そこはフレンに了承頂いています。頑張って素敵な物語を書いて下さいねと応援されました」 「で、肝心の主役の片割れには了承を得なかった、と」 「・・・・・・ユーリ、出かけていたじゃないですか」 何処までも意地の悪い物言いに、エステルは縮こまった。これでは、どちらが悪戯を仕出かしたのか分からない。――確かに、フレンには事前に許可を取っていたのに、ユーリには確認しなかったのは軽率だったかもしれないが。 それでも、書き始めようと決心したその時、件のユーリは凛々の明星の一員として遠征に出かけていたのだ。手紙を送ろうとも勘案したが、足取りを掴みにくい現実に断念せざるを得なかった。 ああ、でも勝手に自分達をモデルに恋愛物語を書き下ろすのは、気分を害しても仕方が無い愚行だったのかもしれない。 そこまでぐるぐると思考の糸を絡ませて、エステルが一人落ち込んでいると。 「・・・・・・照れ臭いだけだって。話自体は、悪くねえと思うけど?」 ぽん、と。軽く頭を叩かれて。エステルはじんわりと身体の芯が熱くなるのを知覚した。本当に、彼の一言一言に一喜一憂してしまう。出会った当初は、まさか自分が恋愛物語の主人公の気持ちを味わう事になるとは思いも寄らなかった。憧れが現実になる、貴重な体験。 書き綴っている童話と、経緯は異なるとは言え。あの時、外に出る決意をして。ユーリと旅をする事が出来て。大切な人達と、繋がれた。 決して楽しいことばかりではなかったけれど、思い出せば自然と笑みが広がる。自分にとって貴重な経験で、生きてきた中で一番様々な要素が凝縮された旅路だった。 そして、彼と出会えたことは。人生最大の岐路だったと信じて止まない。 だから―――。 「・・・・・・前に、子供達に聞かれたんです」 「いつもエステルが本を読み聞かせている奴ら?」 いきなり話が飛んだなと、言外にユーリが含めて問うと、エステルは少しだけ語気を窄めて続ける。 「はい。その、・・・・・・ユーリとはどうして夫婦になったのかと」 「・・・・・・そいつは・・・・・・」 直球ストライクど真ん中な質問だなと。ユーリは遠い目をして天井を仰いだ。ハルルの子供達というのは、いや、ハルルに限らず好奇心旺盛な子供達というのは、答えにくい種類の問題を提起してくる。今回も簡単なようでいて、その実複雑な質問をぶつけてきたものだ。 「好きだからです、と答えたら、“どこが好きなの?”“友達たくさんいるけど、どうして二人は一人だけを選んだの?”“私もユーリが好きだけど夫婦になるの?”と質問されて・・・・・・」 「で、どうせなら話にしてみるかって思い付いたと」 「・・・・・・はい」 後を継いで真相を言い当てられ。エステルは消え入りそうな声で首肯した。その様子に、ユーリはまるで花が自分の蜜を狙う虫に怯えているみたいだなと苦笑する。嫁さんに甘いなオレ、とフレンに聞かれたら「惚気だよそれ」とぐさりと刺されそうな感想まで抱いた。――同じく恋人に甘いフレンにだけは、絶対に言われたくないが。 しかし、子供ねえ、と。ユーリは顎に手をかけて目だけで天井を見やる。悪くない響きだと思うのは、自分もいい歳になったからだろうか。 それとも―――。 「・・・・・・そろそろ子供がいても、良いかもしんねえな」 「!はい!子供、良いです!素敵です!」 慎重に言葉を選んで上らせた話題への予想以上の食いつきっぷりに、ユーリは思わず身を引いた。もう少し背を仰け反らせたかったが、エステルに両手を組んで身を乗り出されて封殺される。きらきらと、眩しいほどに青翠の双眸を輝かせる様に、ユーリの方が度肝を抜かれた。 「ユーリの子供なら、きっとカッコ良いです!剣も上手になるし、優しいし、素直じゃないしちょっと意地悪くなるかもしれませんけど、信念を真っ直ぐに持った誰からも愛される素敵な子供になりそうです!」 おまっ、それ褒めすぎだろ。 誰が聞いてもべた褒めしすぎだろうエステルの未来予想に、ユーリは少しだけ照れ臭くなって横を向く。というより、彼女は理解しているのだろうか。子供を作るという意味が、何を指すのか。 多分分かってねえだろうなと。彼女らしい肝心な部分の抜け落ち具合に、ユーリは段々とおかしくなって。 にょっきりと。悪魔の尻尾を生やした。本当に、彼女は悪戯心を刺激してくれる。 「・・・・・・じゃあ、作るか?子供」 「え?」 「だから。・・・・・・作って証明してみっか?」 肩に手をかけて耳元で囁いてやれば、エステルはぱちぱちと数回瞬きした後。 ぼん、と音が破裂しそうな勢いで顔を真っ赤にした。耳から首から紅色に染まっているからには、全身真っ赤っ赤もしれないなとユーリは一人忍び笑う。 やっぱり過程すっ飛ばしてたなと確認が取れて、ユーリがどう宥めてやろうかと画策していると。 「・・・・・・ゆ、ユーリは、意地悪、です」 先程からかった時に漏らしたのと、同じ言葉。 けれど、きゅっと自分の腕を握ってくるいじらしい姿は、全てを略奪されるには十分な威力を秘めた愛らしさで。 ―――童話で十分過ぎるほど告白受けたってのに。これ以上可愛い告白してどうすんだよ。 目にした童話のお姫様の気持ちと、本物のお姫様を前にして。「さて、どうすっかな」と吟味しながら、ユーリは姫の頬に手を添えてゆっくりと顔を近付けた。 こうして、お姫様と夜空の明星は。末永く幸せに暮らしたのです。 これは、ノンフィクションのハッピーエンド物語。 本当は夜空に瞬く一番星(凛々の明星)にしようか、どうでもいい所で迷っていた話。 でも、旅をまとめた物語でこそ「凛々の明星」という名前は使うべきかなと。 【2008/12/6】 |
| Return |